はじめに
今回は、トラディショナルなネックウェアの一つであるマダーシルクのネクタイをご紹介したいと思います。
マダーシルクとは
マダーシルクのマダー Madder とは、 Rubia Tinctorum という植物を指し、日本語で言えばセイヨウアカネ(西洋茜)のことです。
アカネの名は「赤根」の意で、その名のとおり、根が赤く、アカネの根は染料に用いられてきました。
染料としての歴史は古く、アカネの根で染めた衣服がツタンカーメンの墳墓で発見される等、紀元前1500年ごろから活用されてきたといわれています。
19世紀に入り、アカネの根から得られる色素の主成分であるアリザリン alizarin を化学合成する方法が開発されると、繊維産業で合成染料が大規模に使用されるようになりました。
柄をハンドプリントし(後述)、天然染料で染めた色を再現するようなアリザリンやインディゴ等の合成染料で後染めした絹織物をマダーシルクといいます。
日本語のサイトで、マダーシルクのことを草木染め(天然の植物を染料にして染める方法)と紹介していることがありますが、合成染料を使用していることから厳密にいえば間違っています。
現在ではアリザリンは発がん性物質であることが分かり、それに代わる安全な物質で染色されています。
(日本ではアカネ色素として2004年に既存添加物名簿から消除=食品への使用が禁止されました。)
マダーシルクは、バーガンディ 、グリーン、ダスティブルー等のアースカラーで渋い色味であり、これらのような色の調子を「マダー」や「マダー調」と表現することがあります。
マダーシルクの製造方法と生地の特徴
伝統的なマダーシルクの製造方法は、洗浄や乾燥等の工程を除けば、次の3つの主要工程で説明できます。
- スクリーン印刷
- 無色の絹織物にスクリーン印刷によって柄を印刷します。
生地を蒸すことで柄を固着させます。
- 無色の絹織物にスクリーン印刷によって柄を印刷します。
- 染色
- スクリーン印刷を経た生地を染めます。
- この工程で柄が印刷されていない部分が染まり、無色の部分がなくなります。
- アラビアガム Gum Arabic による染料の固着
- アラビアガムを含む溶液に浸し、染料を固着させます。
1.のスクリーン印刷は、スキージ(ヘラ)を使ってメッシュの隙間からインキを押し出し、柄を印刷する方法です。
百聞は一見に如かず、動画を見ていただいたほうが理解しやすいと思います。
動画のようにスキージ(ヘラ)を手作業で動かすことから、ハンドプリントとも呼ばれます。
インクジェットが多用される現代においてハンドプリントは貴重といえます。
日本語のサイトでは、マダーシルクを説明する際にこのハンドプリントが特徴と説明されることがありますが、ハンドプリントのシルクは必ずしもマダーシルクとは限らず、単にスクリーン印刷で柄を表現したプリントタイ(上記2.と3.を経ないもの)も存在します。
マダーシルクの特徴はむしろ2.と3.の工程にあります。
2.においてプリント後にさらに後染めしており、生地の裏を見ると、色で染まっています。
次に、3.により、表面はねっとりとした質感があり、通常のシルクのような滑らかさはありません。
ネクタイを締めるにも解くにも、通常のネクタイにはない抵抗を感じます。
海外ではこの独特な質感を “peach skin” “peachy handle”とも形容します。
上記工程を経ずにインクジェットでマダーシルクの色の調子を表現した、いわゆるマダー調のネクタイもあります。
裏地がついているネクタイでは生地の裏側を確認できませんし、マダーシルクを触った経験がないと手に触れたとしてもマダーシルクかマダー調か区別できないと思いますので、本物を求めている方は販売者に確認することをおすすめします。
着こなし
マダーシルクのもつ色の調子やテクスチャはツイードやコーデュロイ等と相性がよいです。
おわりに
今回はマダーシルクのネクタイをご紹介しました。
本物志向、トラディショナルな装いが好きな方にはマダーシルクのネクタイはマストアイテムといえますが、日本においては手に入りにくいのが実情です。
ネクタイが自発的に身に着けられるものとなりつつある近年において、このようなトラディショナルで魅力的なネクタイが店頭に並ぶことを願ってやみません。
今回は、以上になります。
取り挙げてほしい題材やご質問、ご感想等お気軽にコメントください。
ではまた次の機会に。
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