はじめに
トラウザース(スラックス)の裾上げを頼むときに店員さんから、「シングルにしますか?ダブルにしますか?」と聞かれた経験はないでしょうか。
今回は、シングル cuffless か、ダブル cuffs, turn-ups か、非常に悩ましいこの問題を取り挙げたいと思います。
唯一のルール:フォーマルウェアはシングル
トラウザースの裾はシングルか?ダブルか?、結論から言うと、「フォーマルウェア(white tie, black tie, morning dress)はシングル、それ以外はどちらでも構わない」となります。
「フォーマルウェア以外は好みだ」という答えは選択するのに何の役にも立ちませんので、裾の仕様を選択する上で助けとなるような指針を提供しようと思います。
①カントリーなトラウザースはダブル
ダブルの歴史に触れておきたいと思います。
誰が裾を折り返しはじめたかについては諸説あります。
有力な説の1つは、エドワード7世(エリザベス女王の曽祖父、1841年生-1910年没)が泥で裾が汚れるのを避けるために裾を折り返して固定したという説です。
舗装されていない道路を歩くのに、裾が泥で汚れないよう、トラウザースの裾を折り返していました。
そこで、エドワード7世はテーラーに折り返しを固定するように頼み、その仕様が広まったという説です。
その他に、 雨で濡れぬよう折り返した裾を元に戻し忘れて結婚式場に現れた英国紳士の姿を見たニューヨーカーが新しいファッションと勘違いして広まったという説があります。
この説は、よく日本語のサイトで説明されているのを見かけます。
どちらの説も、雨や泥で裾が汚れるのを避けるために裾を折り返したという共通点があります。
ぬかるんだ場所で裾をまくり上げるのはごく自然なことではないでしょうか。
ツイードやコーデュロイ等で仕立てたカントリーで用いるトラウザースをダブルとするというのは理にかなっています。
In this particular scheme of color and pattern, the best fabric bet would be shetland for the jacket and tweed or heavy flannel for the trousers. The latter are not cuffed but are worn with natural turn-up. Cuffs, indeed, seem to be on the wav out with natural turn-ups favored outside the city limits and cuffless trousers getting the preference, at least among those who set the pace, in town.
(カントリーウェアについて)このような色柄の場合、生地はジャケットがシェットランド、トラウザースがツイードかヘビーフランネルがベストでしょう。このようなトラウザースはシングルではなく、折り返して履きます。都市部以外ではダブルが好まれているようで、都市では少なくともファッション感度が高い人々の間ではシングルが好まれています。
Esquire 1933.9 p.100
②ノープリーツのトラウザースはシングル
2つ目の考え方は、裾をダブルにする場合、そのトラウザースはプリーツのあるものにする(ノープリーツのトラウザースはシングルにする)ということです。
英米に起源がある裾の折り返しは、同様に英米起源のプリーツと相性が良いことに依拠します。
裾の折り返しが英米起源であることは前述の通りです。
プリーツの歴史にも触れたいと思います。
現在のスーツとほとんど変わらない服が日常的に着られるようになったのは19世紀後半のことです。
この頃のトラウザースにはプリーツはありませんでした。
1920年代になり、オックスフォード大学の学生の間で流行していたオックスフォードバッグス Oxford bags がアメリカにも渡りました。
オックスフォードバッグスは、裾幅28cm前後で、現在の主流である20cm前後の裾幅と比べて極端に太いものでした。
この太い裾幅に合わせるようにプリーツがつけられるようになっていきました。
アメリカで最初のレッドリーフ・ロンドンの「オックスフォード・バッグス」
O. E. Schoeffler, William Gale 著、高山能一訳(1981)
イギリスで、あの熱狂をつくり出したズボン。始まりはオックスフォードの学生から。これは流行好きの若者なら、どこでもはいている。
裾回りは20から25インチ。
膝回りもそれとほぼ同じで。英国型をもっと格好よくするため、股上を深くして、前にプリーツを加えた。
~中略~(『メンズウエア』誌1925年9月23日号からに引用)
『エスカイア版20世紀メンズ・ファッション百科事典〈日本語版〉』スタイル社、pp.76,77
このように、プリーツもまた英米に起源があり、裾をダブルにする場合は、そのトラウザースに同じく英米起源のプリーツがあったほうがよいというわけです。
ただし、プリーツの起源についても諸説あることを念のためお伝えしておきます。
折返しのある裾口は必ず地面と平行になるよう仕立てるべきである。またフロントのプリーツも忘れてはならない。
Paul Keers著、出石尚三訳(1992)『英國紳士はお洒落だ』飛鳥新社、pp.89-90
ダブルのスーツに折り返しなしのトラウザースでも一向にかまわない。特に、フロントタック*1なしが好きなら、まったく必要ない。その場合は、かえって、折り返しなどない方が素敵だ。
Bernhard Roetzel著、飯泉恵美子翻訳監修(2001)『Gentleman Fashion 紳士へのガイド』クーネマン出版社、p.139
*1 プリーツのこと
The rule of thumb says that if you have flat front pants, you should not have cuffs. Most fashion experts feel that cuffs only belong on pleated pants, because flat front pants are considered to be a continental European tradition and cuffs are of Anglo-American origin, therefore mixing these two styles is considered improper.
経験則では、ノープリーツのトラウザースの場合、裾の折り返しは付けるべきではないと言われています。というのも、ノープリーツはヨーロッパ大陸の伝統であり、裾の折り返しは英米に起源があると考えられているため、この2つのスタイルを混在させることは不適切であると考えられているのです。
BALANI CUSTOM CLOTHIERS(アメリカのテーラー), https://www.balanicustom.com/tag/custom-slacks/
逆に、裾がシングルの場合、プリーツはあってもなくてもどちらでも構いません。
フォーマルウェアのトラウザースに折り返しがないからといって、プリーツがないわけではありません。
仮に、歴史的背景を知らなくても、プリーツのないフラットな外観に、シンプルなシングル裾というのは視覚的なバランスが取れていて、見栄えがします。
まとめると、次のようになります。
プリーツ | 裾 |
---|---|
ノープリーツ | シングル |
ワンプリーツ | シングルまたはダブル |
ツープリーツ | シングルまたはダブル |
おわりに
トラウザースの裾をシングルにするか、ダブルにするかは好みの問題です。
「カントリーな生地以外はすべてシングルにする」、「オンはシングル、オフはプリーツありのダブルにする」、「結婚式等改まった場に着用するスーツ以外はプリーツありのダブルにする」といった装いはいずれも正しいです。
最後に、シングルかダブルかに関するいくつかの意見に対してコメントしたいと思います。
90年代以降、イタリアの影響から「フォーマルウェア以外はすべてダブルが正しい」という主張もありますが、これは歴史的背景に基づいていません。
ダブルが一般化した後も、裾がシングルのスーツは着用されていました。
In this particular scheme of color and pattern, the best fabric bet would be shetland for the jacket and tweed or heavy flannel for the trousers. The latter are not cuffed but are worn with natural turn-up. Cuffs, indeed, seem to be on the wav out with natural turn-ups favored outside the city limits and cuffless trousers getting the preference, at least among those who set the pace, in town.
(カントリーウェアについて)このような色柄の場合、生地はジャケットがシェットランド、トラウザースがツイードかヘビーフランネルがベストでしょう。このようなトラウザースはシングルではなく、折り返して履きます。都市部以外ではダブルが好まれているようで、都市では少なくともファッション感度が高い人々の間ではシングルが好まれています。
Esquire 1933.9 p.100
「ダブルはカジュアルだからビジネススーツではシングルが正しい」という主張もありますが、これも正しくはありません。
ビジネススーツにも用いられてきた意匠です。
ダブルのメリットとして、「シングルに比べて裾に重みがある分、クリースがくっきりと見える」という声もありますが、シングルと比べて顕著な違いを感じたことはありません。
クリースをくっきりと見せたいのなら、ブレイシスで吊ってしまったほうがよいです。
クリースの真上のウエストバンドを手で持って、ほんの少し持ち上げるとクリースがきれいに見えるのが分かると思います。
ダブルのデメリットとして、「シングルに比べて身長が低く見える」という声もありますが、そのように感じたことはありません。
稀代のウェルドレッサーとして知られるウィンザー公は170cmほどの身長ですが、裾を折り返したトラウザースを好んで着用していました。
身長を少しでも高く見せたいと思うのなら、Vゾーン(ボタンの位置)や腰ポケットの位置等ジャケットにこだわってみるのもよいと思います。
コメント
コメント一覧 (4件)
いつも楽しく拝見させていただいております。
今回はダブル幅について教えていただきたくメールいたしました。
クラシックスタイルでのダブル幅は何cmが良いのか、管理人様のご意見を聞かせていただきたく存じます。
ネット等で調べましたが、身長に合わせて3.5cm~4.5cmで調整すると言われている方や、身長に限らず5cm幅が基本だと言われている方など様々な意見がありました。
また、夏用・冬用など、素材によってダブル幅は調整するべきでしょうか?
お忙しいところ恐れ入りますが、ご教授の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
ユウキ様
いつもフォローありがとうございます。
歴史を振り返ると、現在のPTUs (Permanent Turn Ups:予め折り返して固定したもの)以前は、例えばジーンズの裾をロールアップするように、自ら裾を折り返していました。
その時々で自ら折り返していたことから、折り返す幅に決まった考え方は確立されていませんでした。
1900年代にはPTUsとなり、縫製の時点で折返し幅を指定するようになりました。
当初こそ3インチ(約7.6cm)の幅もあり、様々でしたが、次第に1 1/4インチ(約3.2cm)から2インチ(約5.1cm)程度に収束していきました。
(ポケットチーフの大きさのように明確な理由を求めることができるものがある一方で、装いは文化であり、このように慣習的に定まっていくことも多いです。)
したがって、おおよそその範囲内であれば、適切な幅であり、歴史的な観点から最大3インチまで許容されます。 繰り返しになりますが、その範囲であれば何インチでも適切ですが、その範囲から選択する上で基準がほしいと考えると、ユウキ様がおっしゃるように、身長を基準とすることが国際的に広く認められています。
経験則では、1 1/2インチ(約3.8cm)あるいは1 5/8インチ(約4.1cm)を基準に、身長を中心に全体のバランスを勘案し、1 1/4インチ(約3.2cm)に小さくしたり、1 3/4インチ(約4.4)あるいは2インチ(約5.1cm)に大きくしたりして調整します。
装ひ研究所 管理人
管理人様
お忙しい中ご回答ありがとうございます。大変勉強になりました。
近々トラウザーズを購入予定ですので、参考にさせていただきます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
ユウキ
ユウキ様
ご返信ありがとうございます。
お役に立てたのであれば幸いです。
また気軽にコメントお待ちしております。
装ひ研究所 管理人