開襟シャツの着こなし

目次

はじめに

盛夏を迎えるころ、街で多く見かけるポロシャツ姿は、いまやオフィスシーンにまで広がりを見せています。
夏の暑さをしのぐ実用性から、夏の装いとして広く選ばれるのも自然な流れといえるでしょう。

とはいえ、涼しく快適に過ごすための選択肢はポロシャツだけではありません。
夏の装いにふさわしいオーセンティックなもう一つの選択肢──それが「開襟シャツ」です。

今回は、開襟シャツについて解説したいと思います。

開襟シャツとは

Brooks Brothers のcamp collar shirt
https://www.brooksbrothers.com/
irish-linen-camp-collar%2C-
archive-stripe-short-sleeve-shirt/MG04379.html
Turnbull & Asser のrevere collar shirt
https://turnbullandasser.com/products/
blue-gingham-check-linen-
holiday-fit-shirt-with-revere-collar

開襟シャツとは、ネクタイを締めないことを前提とした台襟のないシャツのことを指します。
海外では、camp collar shirt, revere collar shirt(revere はフランス語の revers「折り返し」に由来)、 cuban collar shirt 等と呼ばれています。

Guayabera を着用するアーネスト・ヘミングウェイ氏。
https://www.lesindispensablesparis.com/
fashion/the-guayabera-from-burgos-madrid-
a-summer-stapple

開襟シャツのルーツは、中南米の伝統的なシャツであるグアヤベラにあるといわれています。開いた襟やタックインせずに着られる水平にカットされた裾*等、暖かい気候に適したつくりが特徴です。
* グアヤベラは一般的にタックインしない。

Call it what you want (camp shirt, revere collar, bowling shirt, vacation shirt, I could go on…); all roads lead to its spiritual predecessor—the guayabera. (Which, just so you know, is a traditional piece of menswear in Latin America and the Caribbean.) According to folklore, it originated when a Cuban man asked his wife to create a shirt with multiple pockets to store his belongings while working.
呼び方は何でも構わない(キャンプシャツ、リヴィアカラー、ボウリングシャツ、バケーションシャツ、他にもたくさんあるが…)。しかし、そのいずれもがたどり着く源流はグアヤベラである。(ちなみに、これはラテンアメリカとカリブ海地域で伝統的なメンズウェアの一種。)伝説によると、キューバの男性が妻に、仕事中に持ち物を収納するための複数のポケットが付いたシャツを作ってもらったことが起源とされている。

https://www.esquire.com/style/mens-fashion/g35879331/best-cuban-collar-shirts/

In 1936 John Wanamaker in Philadelphia introduced a new sports shirt or jacket shirt that was called the Guayaberra, an authentic copy of the garment worn by sugar planters in Cuba. It was made of a fine-quality linen in a natural or beige color and also in dark blue, dark brown, and yellow. Its unlined collar was made to be worn buttoned or open, and its cuffs to be worn barrel or link fashion; among other styling features were side vents, a yoke, and a panel back. It was a substantial shirt for its $10 price tag, and soon Wanamaker was selling trousers made of the same material in matching or contrasting colors. The Guayaberra maintained its popularity and was seen in many different fabrics and patterns throughout the decade.
1936年、フィラデルフィアにあるジョン・ワナメーカーは、新しいスポーツシャツ、あるいはジャケットシャツとして「グアヤベラ」を発表した。これはキューバのサトウキビ農園主が着ていた衣服を忠実に再現したもので、上質なリネンを用い、生成りやベージュのほか、濃紺、濃茶、黄色の色で仕立てられていた。襟は一重で、ボタンを留めても開けても着られるように作られ、袖口はバレル型としてもカフリンクス付きとしても使えるデザインだった。そのほか、両脇のスリット、ヨーク、パネルバックといった特徴を備えていた。10ドルという価格にしては十分立派なシャツであり、ワナメーカーは共布あるいは対照色の同じ素材を使ったパンツをすぐに販売するようになった。グアヤベラは人気を維持し、その後の10年間に亘って様々な素材や柄で広く着用された。

O.E. Schoeffler, William Gale, Esquire’s encyclopedia of 20th century men’s fashions, New York: McGraw-Hill, 1973, p.218

着こなし例

一番左の紳士:白のジャケット、開襟シャツ、ブルーのトラウザース、モカシンローファー。
左から二番目の紳士:イエローの開襟シャツ、グリーントラウザース、エスパドリーユ。
一番右の紳士:グリーンとイエローの開襟シャツ、タンカラーのコットンギャバジンショーツ、ブラウンのエスパドリーユ。
(1941.1 esquire)

開襟シャツはスポーツシャツとして、夏場のビーチやゴルフ等のシーンで着用されてきました。
そのため、リネンやコットン素材のトラウザース、ノルウィージャンシューズやコインローファーといったスポーティーなアイテムとの相性が良いのが特徴です。

水平にカットされた開襟シャツの裾はトラウザースの中に入れても、外に出しても構いません。
開襟シャツはスポーツシャツであり、ドレスシャツのようにウエストを絞ったシルエットではないため、裾をトラウザーズに入れると、通常のドレスシャツよりもウエストの上にたまりが生じるのが自然です。

十分なゆとりのある開襟シャツを着用するウィンザー公。
ウエストの上に自然なたまりが生じている。
ライトブルーリネン
の開襟シャツ、
シナモンカラー
ビーチスラックス、
ブラウンキャンバス
エスパドリーユ。
(1937 Apparel Arts)
スカルキャップ、
コットンの開襟シャツ、
メッシュベルト、
リネンまたは帆布
のブルーショーツ、
モカシンローファー。
(1937 Apparel Arts)
白のコットンハット、
イエローリネンの開襟シャツ、
ライトブルートラウザース、
リボンベルト、
イエローソックス、
ノルウィージャンシューズ
(1940 Apparel Art)

日本における開襟シャツ

1955年 第7回全逓福島地区定期大会にて
flickr@Vintage Japan-esque

日本では、昭和7年(1932年)に京都帝国大学教授 戸田正三博士を中心に結成された「京都開襟クラブ」(のちの「服裝革新同盟」)が中心となり、開襟シャツを全国に広めたといわれています。

昭和七年七月京都帝國大學助教授北村直躬博士が、大阪朝日新聞京都版讀者投稿欄「カクテール」に寄稿した「夏の街頭を白化せよ!」の一文はれう々五十行の短文字ではあつたが、時漸く炎暑迫り、人は如何にしてこれと戰はんかを思ひつゝあつた時とて、あたか旱天かんてん雲霓うんげいを望むが如く、絶對賛成の投稿翕然きふぜんとしてカクテール欄に殺到し、遂にこれを一つの國民運動にまで高揚するにいたつた。すなはち熱心なる有志十数名の発起により七月十七日午後一時から、京大樂友會館で、その發會を兼ねて講演會を開催した。會衆五百、京大助教授北村直躬博士、同教授戸田正三博士、同神戸正雄博士こも〲立つて生理、衛生、經濟の各専門の立場から、ノーネクタイ運動の主旨およびその必要を力説し、來賓京大總長新城新藏博士(現名誉教授)京大名誉教授足立文太郎博士、京大教授青柳榮司博士(現名誉教授)京大教授佐々木惣一博士、同瀧川幸辰氏、古谷京都市醫師會副會長、竹澤京都取引所常務理事らの賛成演説あり、會名を暫定的に「京都開襟クラブ」とし、役員・顧問を推挙したる後
吾人は今夏當面の問題としてノー・ネクタイ、白シヤツを採用し場所柄等差支えなき限り上衣をも脱すると共に廣く同志に檄して右主旨の普及徹底を期し更に將來の問題として直に理想的簡易國民服の研究に着手することを决意す
との决議を朗讀し、四時半散會した。かくして京都で呱々こゝの聲をあげた開襟クラブは、大阪朝日新聞社の後援を得て、同月二十六日夜大阪朝日會館に於て大講演會を開催、戸田會長、北村副會長、神戸顧問、大野幹事長ら熱辯を揮ひ、一擧にして苦熱にあえぐ大大阪の街頭から煩瑣なネクタイを驅逐するの勢ひを見せた。(このパンフレツトは當時の講演筆記)その後會名「京都開襟クラブ」は、全国に及ぼすべきこの運動の使命に顧みて、やゝ妥當ならざるやの感あり、即ち「服裝革新同盟」と改稱して今日にいたつた。

戸田正三著(1933)『胸襟を開け』京都帝国大学内服装革新同盟、pp.62,63

戸田博士らの服裝革新同盟は、開襟シャツが日本の夏の気候に適し、健康や能率の向上に寄与すると指摘し、儀礼を除く仕事や日常生活での着用を奨励しました。

五月の末、六月に移りますと共に温度がずん〱高くなる。 
~(中略)~
普通の寒暖計では卅二度を突破するやうになつてる。ふ言ふ狀况ぜうけうに於て我々はどうして生きてゐるかと云ふと、唯一の蒸發機能あるのみであります。我々の皮膚からは刻々に水分を蒸發して居ります。水分が蒸發するためには潜熱を必要とします。この潜熱は主として皮膚から取られますから、皮膚が冷却される形になりまして、我々は活きて行けるのであります。
~(中略)~
そこで現存の日本の服裝について先づ第一に我々の蒸發を最も阻害するものは何ぞやと云へば、それはカラーであります。少し動きましても一番澤山汗のたまるところは吾々の咽喉首であります。その咽喉首、すなはち蒸氣の出し口の處を締めて居るのですから良くないのであります。夏にカラーをするのは丁度夏に首巻をするのと同じでありまして、蒸發することのあまりいらぬ國々では首巻は差支ないでせうが、我國の樣な大いに蒸發しなければならぬ氣候に居るものは、首巻の必要はない、かへつて害がある。
諸君、今まで首巻をなさつてをつた人は、それをとつてごらんなさい。打つてかはつて淸々とした氣持になる。私は此意味におきまして、夏六、七、八、九の四ケ月殊に眞夏に暑苦しい建物の中で、暑苦しい仕事を朝から晩までしなければならぬ人にとつて、私のやうに斯のやうに胸を開くと云ふことは、其人の健康と能率を増進するために、最も、必要なことであると断言するのであります。

戸田正三著(1933)『胸襟を開け』京都帝国大学内服装革新同盟、pp.14-17

開襟服が「衛生的」「能率的」「經濟的」の三德を兼備するものであることは、このパンフレツトを讀んで、すでに十分諒解せられたことゝ信じます。儀式の際はとも角、普通背廣着用の場合、和服着流しの場合(たとへば執務、研究、勞働、買ひ物、散歩等)は、これを開襟服に改めて、决して禮儀れいぎにはづれぬこと、また別に美観を損じないことも、あはせて納得せられたことゝ存じます そんならあなたの頸から、いますぐネクタイをおとり下さい。しからば炎塵苦熱のうち一脈の凉味ほとばしつて、直ちにあなたの仕事が、さらに大いに捗ることでありませう

戸田正三著(1933)『胸襟を開け』京都帝国大学内服装革新同盟、p.65

2005年に環境省が「クールビズ」を提唱するよりも70年以上前、すでに夏場の軽装化が推進されていました。
それ以降、開襟シャツは酷暑をしのぐ実用的な装いとしてビジネスシーンに浸透していきました。
職種や業種、立場、場面等によっては、引き続きネクタイが着用されました。
やがて1950年代後半以降、オフィスに冷房設備が普及し始めると、涼しさを求めて着られていた開襟シャツの必要性は薄れ、徐々に姿を消していきました。
冷房の効いた職場では、ネクタイを締めていても過ごしやすく、そのスタイルは再びビジネスマンの標準的な装いとして定着しました。

一昨年のような冷夏は例外的であって、日本の夏の暑さは尋常ではない。昭和三十年代ころまでは、”開襟シャツ”という夏の紳士のビジネス上の正装(もちろんノー・タイ)があったが、今ではとんと見かけない。

小竹通夫著(1995)「職場の清涼化」、『Insurance 9月号第4集(3672) 生保版』保険研究所、p.15

〈論説〉開襟シャツ礼讃
(昭和三十四年七月九日)
 夏になるといつも悩まされることは外出する時や一寸した会合などに出るときワイシャツやネクタイで首のまわりを締めつけて蒸し暑い中を我慢しなくてはならないことである。
 戦争中や終戦直後は可成り永い間ノーネクタイ開襟シャツ時代が続いて大いに助かったが最近は何時とはなしに又ネクタイをくッっけたり上着を着たりする格好が目につく様になって来た。

木村貞一著(1979)『木村貞一論説集』桐生タイムス社、p.360

 服装では、こんな思い出がある。まだ新米記者だったころ、夏の暑い日に開襟シャツを着て出社したら、部長に叱られてしまった。
「おまえ、そんな恰好で仕事をする気か。ちゃんとネクタイを締めてこい!」
 が、まわりを見ると、先輩たちはみんな開襟シャツを着ている。そういったら、「バカ、引き出しの中をよく見ろ」言われて見せてもらうと、どの先輩も引き出しの中にワイシャツ、ネクタイをいれてある。新聞記者は、いつ何時、インタビューを命じられるかわからない。相手は、大臣や社長といったエライ人のこともしばしばある。そんなところに、ノーネクタイの開襟シャツで話を聞きにいくわけにはいかないわけだ。

塩田丸男著(1987)『課長白書 (Sun business)』太陽企画出版、p.58

昨年の夏であつた。ある石炭会社の課長が、十日ほど、東京に出張した。やがて帰福したかれ、ネクタイをしめ、背広をきこんで出社した。社員の多くは、半袖の開襟シャツで働いている。それをみて、なさけない顔をした彼
「さすがに東京のサラリーマンは、ちがうなア。ドコに行っても君、キリッと背広を着て仕事をしているのだからナ。それで、汗一つ出している者がいないのだよ」
きいている連中、おかしな話だナと思った。おせっかいなのが、早速東京支店に電話をした。きいてみると、課長氏の訪問したさきは、いづれも、冷房装置をしている職場ばかりであった。まるで、つくり話のようだけど、本当にあった話。こんな「最低」の課長につかわれている社員こそ、あわれである。

守田良衛著(1959)『随想・サラリーマン』福岡労働基準研究会、p.110

接人着語65

 梅雨明けの昨日、久しぶりに地下鉄に乗った。車内は満員で、むし風呂のようであった。下着ばかりでなく、背広の背中まで、ビッショリ汗で濡れてしまった。それにつけても、女性の夏の服装は、全くうらやましい。ミニスカートからホットパンツへと、ますます涼しくなっていく。一方男性は相も変わらず背広にネクタイで首をしめる。
 昨夏某ホテルで座談会があった。東大や工大の先生方をはじめ、各界の権威者が二十人ほど集った。私は猛暑のこととて開襟シャツで出席した。諸先生は皆背広である。それに合わせたように、クーラーが良くきいて寒いくらい。後悔したが、もう追っつかない。おかげで気がひけて、座談会の発言も、あまりさえなかったようである。
~(中略)~
 これからいよいよ酷暑に入る。満員電車で毎日御苦労なことである。ホットパンツとまでいかなくても、せめて開襟シャツで、ホテルでもどこへでも行けないだろうか? サラリーマン同盟などでは、税金の不公平をブツブツいうだけでなく、夏の軽装化を提案し実行して戴けないでしょうか?。

沖津俊直著(1971)「夏の服装」、『接着 15(7)(135)』高分子刊行会、p.37

おわりに

今回は、開襟シャツについて解説しました。
開襟シャツはもともと夏場のビーチやゴルフ等で着用されてきたスポーツシャツで、リネンやコットン素材のトラウザース、ノルウィージャンシューズやコインローファーといったスポーティーなアイテムと相性がよいのが特徴です。
着方としては、タックイン、タックアウトいずれでも構いません。(※グアヤベラのように一般的にタックアウトするものもあります。)

日本では、冷房設備が普及する以前に、白無地の開襟シャツがビジネスシーンで着用されていた時期があります。
そのため、日本において開襟シャツをビジネスシーンで着用することには一定の正当性があるといえます。
ただし、これはあくまで日本独自のスタイルであることに留意すべきです。

首もとを解放するデザインで、暑い夏を心地よく過ごせる開襟シャツ。
うだるような季節には、ぜひ開襟シャツを取り入れ、軽やかで洗練された装いを楽しんでみてください。

今回は以上になります。
コメント、リクエストがあればお気軽にどうぞ。
ではまた次の機会に。

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